チョムリアップスォ(ជំរាបសួរ)!初めまして、滝沢と言います。これは、カンボジアのクメール語で「こんにちは」という意味のあいさつです。カンボジア、他の東南アジア諸国に比べると、あまり日本では話題にならないですが、最近、中華世界では、カンボジアでの人身売買事案が話題になっているので、以下、紹介します。
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ひと月前の話だが、8月11日、中華民国与党民進党の立法委員である林俊賢らは、カンボジアで人身売買被害に遭った女性とともに記者会見を開き、この問題を訴えた。現在も、台湾メディアでは、「柬埔寨詐騙」や「台灣蛇頭」(蛇頭は、中華世界における人身売買組織の通称)、「賣豬仔」(賣豬仔は、中国人労働者”苦力”の売買を指す言葉)を冠したニュース報道が紙面を賑わせている。
日本メディアでも、「フォーカス台湾」が11日に報道したことを皮切りに、読売新聞など大手メディアでの報道が相次いだが、「ABEMA TIMES」8月24日配信の記事(1)が、野嶋剛(元朝日新聞台北支局長、大東文化大学教授)のコメントも掲載しており、最も分かりやすいだろう。
この人身売買被害事案は、好条件の求職勧誘に応じた台湾人が、蛇頭の手引きでカンボジアに渡航したところ、シアヌーク州等のアジトにおいて、監禁・暴行によって強制的に詐欺行為などの手伝いをさせられるというものである。台湾メディア「上報」8月25日配信記事(2)によると、被害者は2000人から5000人に及ぶ恐れがあるとされ、また、「BBCNEWA中文」8月18日配信記事(3)によると、同様の被害は、中国大陸、香港、マカオでも報告されているという。
同事案について、①蛇頭の暗躍、②コロナ禍における台湾の若者の失業率の高さ、③被害者類型(野心的な若者という指摘(4))、④中国本土と台湾の関係悪化に伴う海外勤務先の変化、⑤カンボジア政府が親中国的かつ台湾と国交のないことが捜査を困難にさせている点など、複数の要因が検討できる。その中でも、なぜ、カンボジアのシアヌークビル州における被害が多いのか、その要因について説明する。
そもそも、カンボジア政府は、ASEAN諸国の中でも親中姿勢が際立っている。今年8月6日のASEAN外相会議においても、同国外務次官は、「台湾やウイグル自治区、香港の問題は、中国の内政問題だ。」と表明している。同国は、「一帯一路」構想の重要な拠点であり、対内直接投資統計でも中国は全体の9割を占め、インフラ開発が急ピッチで進められているようだ(5)。
そのなかで、シアヌークビル州は、中国系企業の投資先として特に人気である。例えば、2008年完成のシアヌーク経済特区は、中国資本の進出が相次ぎ、近隣に位置するシアヌーク港経済特区(日本資本)を遥かに凌駕している。
日本の円借款で建設されたシアヌーク港経済特区は、2012年に開所されたものの、2021年3月時点で進出企業が3社にとどまっている。これに対し、賃料が同特区の半分ほどであるシアヌークビル経済特区は、中国企業の進出が110社を超え、同国最大の工業団地になっている。また「カンボジアビジネスパートナーズ」(6)によると、今後、300社を誘致し、労働者を7~8万人とすることを目標にしているようだ。
また、同州都・シアヌークビル市は、中国系企業によるカジノ・ホテルの建造が進み、すでに「第2のマカオ」と呼ばれた。2017年以降、ギャンブルビジネス目当ての中国人の移住が進み、シアヌークビル州人口の3分の1が中国人(約10万人)にまでなると、中国人街が形成された。また、カジノ・観光・不動産バブルで儲けようとする中国系犯罪組織も進出し、犯罪都市かのように言われることもあったようだ。この最盛期の様子は、山谷剛史の記事「中国人の「ギャンブル」「詐欺」産業が集中するカンボジアのシアヌークビルに潜入した」に詳しい(7)。しかし、コロナ禍以後、観光業の世界的な不調はここシアヌークにも及び、中国資本による不動産投資は鈍化し、未入居ビルや建設放棄ビルが散見される状況のようである。同様子は、国際貿易投資研究所・大木博巳の「カンボジア見聞記(1)中国不動産投資、宴の後」(8)や朝日新聞・鈴木暁子の「「第2のマカオ」から中国人が消えた 中国資本が握るカジノの街に起きた異変」(9)で見ることができる。
2019年8月、フン・セン首相は、8月18日、治安と公序の維持のため、オンラインカジノ及びスロットマシーン等の賭博ゲーム機に係る営業免許を今後発行しない旨の通達を発令した旨公表した(10)。また、2021年10月には、米国務省、財務省、商務省が共同で、人身売買などの犯罪への懸念から、米国企業がシアヌークのカジノ・金融産業に投資することを控えるよう、警告を発した。無秩序のギャンブル都市として悪名が世界に轟いた結果、カンボジア政府が規制・取り締まりに乗り出し、世界各国でも投資控えの動きが出たのである。その結果が、同州における中国人犯罪組織の弱体化・解体であり、先の人身売買被害事案が明るみになったのではないだろうか。
なお、東南アジア一帯で幅広く闇のビジネスを展開したとされる佘智江こと佘倫凱がタイで逮捕された(その後、中国に移送予定)ことも犯罪組織の弱体化の影響であろう(11)。
無秩序で、現地住民の意に沿わず、自国の利益を前面に押し出す開発が、今回のような国際犯罪を産んだことを理解する必要がある。コロナ禍にも出口が見えつつあるなか、今後、シアヌークビル州が再び観光業やカジノを中心に再発展する可能性は十分ある。また、シアヌークビル経済特区などの工業地域を基盤に、同国の技術・経済発展も進むものと思われる。例えば、日本の国際協力機構(JICA)の支援で、今年中にはシアヌークビル自治港の拡張計画が始動するという報道もある(12)。ただし、大前提として、中国や日本は、自国の世界戦略の一環としてカンボジアに投資をするのではなく、カンボジア国民の生活と安心のための経済援助をすべきであろう。
なお、このような第二次世界大戦後の新たな植民地的政策は、ポストコロニアリズムでは「新植民地主義」と呼称する。今後も、東南アジア諸国と日本の関係や、外国人行政の問題点などについて、ウォッチして行きたい。
参考文献:
(1)https://news.yahoo.co.jp/articles/33088d61294ac2ead7bffffbf04c5b33025c78da
(2)https://www.upmedia.mg/news_info.php?Type=3&SerialNo=152612
(3)https://www.bbc.com/zhongwen/trad/chinese-news-62586547
(4)Taiwan Frets for ‘Thousands’ Trafficked Into Cambodia – The Diplomat
(5)https://www.jetro.go.jp/biz/areareports/special/2021/0301/656329a08dbdabb9.html
(6)https://business-partners.asia/cambodia/keizai-20170919-ssez/
(7)https://bunshun.jp/articles/-/16196
(8)https://globe.asahi.com/article/13172314
(9)https://iti.or.jp/column/97
(10)http://japan-cambodia.or.jp/archives/1529
(11)https://news.biglobe.ne.jp/international/0825/jbp_220825_7320067547.html
(12)https://news.yahoo.co.jp/articles/ac9038fa81d759110679e75945d2ba8690da98b7
筆者:滝沢(泷泽)
名古屋市在住
趣味:飲酒、喫煙、シーシャ、中国語の勉強